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戦国に生きる:魏国興亡史・貧者の一灯ブログ

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鬼谷の教え:この作品は史実をモチーフとしたフィクションです。
鬼谷きこくとは江南の陳国に生まれた人物で、弁論の術を学問と
して体系化し、 それを書物に著したのだという。


 (四)  


鄒忌すうきは斉の人で、その時代に並ぶ者はいないとまで称さ
れた美貌の持ち主であった。琴が得意で、君主を相手にその技
術を披露することが多かったが、このころには琴の音に合わせ
て政治を語る、という洒落た特技も体得し、宮廷内での評価を
高くしていた。


次期宰相候補として君主から珍重されていた存在である。  


その鄒忌が魏の遷都を祝う使者として大梁に派遣されたことは、
おおいに彼の美貌が重視された結果であった。


背は高く、均整がとれたその肢体からは、香気とともに色気さ
えも放たれていた。国を代表する使者としては見栄えがよく、
相応しい任務を与えられたことに、彼自身も満足感を得ていた。


大梁を訪問し、魏公を相手に型どおりの祝辞を捧げて、また型
どおりの祝宴に参加し終えたあとに彼が見たものは、路傍に横
たわる両脚のない男の姿であった。


それを見た者は、決して彼だけではない。が、驚くことに誰も
それを気に留めないのであった。  


罪を犯した者に対して、冷たい街なのだろうと鄒忌は考え、自
身もその風習に倣おうと思った。が、どうも気が咎めるのであ
る。ついに彼は、倒れているその男に声をかけた。


「大丈夫なのか」 斬られた脚からは、まだ血が流れている。
このままでは失血死するだろう。鄒忌は、手持ちの布を使っ
てその傷口をきつく縛った。


「あとは運次第だ。お前が生き残れるかどうかは……」その
時点では、それ以上のことをするつもりはなかった。他の者
たちと同様、そのまま置き去りにするつもりだったのである。


犯罪者を助けることには誰しも戸惑いを持つものであるが、
鄒忌もそれと違わなかった。


「見捨てるのか」ふいに放たれたその声が、目の前に倒れて
いる男のものだと気付くまで、鄒忌は数秒間を要した。


その男が声を出す元気があることに驚いたこともあるが、な
によりも意外だったことは、その声に自分を咎める調子が含
まれていたことである。


鄒忌は、手当をしてやったことを後悔した。


「貴様、罪を犯して刑を受けたのだろう。関わるべきでは
ないと思ったが、そのままにしておくのも気が引けたのだ。
しかしやはり、関わるべきではなかった」  


鄒忌はもともと清廉潔白を旨とする男であり、他国との戦争
には、ことごとく反対してきた過去がある。争いごとには介
入せず、自らを磨き上げることに注力する、それが彼の信条
であった。


よって、その男が誰に脚を斬られたのか、そのようなことは
彼にとって重要事ではなかったのである。


しかしその男は鄒忌を批判しながら言った。「中途半端な行
動をして、無責任なやつめ。


……貴様、斉の鄒忌だろう。もし俺が生きて帰ったら国中に
鄒忌は無責任な男だと言いふらしてやる。それでもよいのか」


「私のことを知っているのか。それでいて脅すとはふてぶて
しい男だ。しかしお前、斉の人間なのか。だとしたら同郷の
よしみで話だけは聞いてやってもいい。


助けてやるかどうかは、話の内容次第だ」  


刑罰を受けた原因が、本人の個人的事情だとすれば、助ける
つもりはないと言うのである。鄒忌は清廉であったが、人に
は厳しく接する性格であった。


「俺がこの脚を斬られたのは、魏が趙へ侵攻するという秘密
の計画を知った結果だ。しかしあんたは言うだろう。それは
魏と趙との間の話であって、斉とは関係ない、と……。


だが魏が趙を制圧し、力を得れば斉をも侵略しようとするこ
とは明らかだ。


この戦国の世……一国だけに他を圧倒する力を与えてはなら
ない。見過ごせば、静観すれば、その力は我々に襲いかかっ
てくる。


武力は均衡させ、互いに牽制させることが国々を生き延びさ
せる唯一の方法だ。いたずらに不戦を唱えるあんたにはわか
るまいが……」  


鄒忌は唾を吐き捨てるような勢いで、それに反論した。


「私が主張するのは、他国の動向にこだわらず、斉の国力を
充実させることに集中すべきというものだ。不戦が軸になっ
ているわけではない。


しかもお前の言葉によると、諸国は百年先も二百年先も小競
り合いを続けることになる。果たしてそれが正しい世のあり
方なのか」


「……世のあり方に、正しさなどないさ。しかしただひとつだ
け言えることは、結局のところ諸国の趨勢を左右するものは武
力しかない、ということだ。


俺は兵法家たる孫武の末裔にあたる男で、その力を常に研究し
ている。俺の言葉に従えば、いずれ斉は諸国の上に立つ存在と
なるだろう。俺を信じろ……」  


鄒忌は心の中でその言葉を否定したが、当の本人がそのとき気
絶したので、口には出さなかった。しかし、結局連れ帰ること
にしたのである。


「孫武の末裔だと……」鄒忌はその男をそのまま捨て置いても
よかった。しかしそうしなかったのは、その真偽を見定めたい
と欲したからである。決して深い感情を、その男に対して抱い
たわけではなかった。…  







教え子の結婚式で、私は始めて好きな都々逸を祝辞の中に入
れました。


「一人笑ろうて暮らそうよりも、二人涙で暮らしたい」


「涙」という文字が入るので、お祝いの時にはどうかと思い
ましたが、思い切って使いました。


それはこの中に「夫婦の神髄」が入っていると思うからです.


「なぜ、結婚するの?」という問いはかなり奥が深いので、
「なぜ、結婚したの?」という問いに変えると、「彼女を愛
したから」という答えが返ってくるでしょう。


「なぜ、(特定の)彼女と結婚したの?」と言う問いには、「可
愛かったから」 と言うかも知れません。


そう、結婚は男女の「愛」を基本にしています。


だから、ついつい「夫婦とは男女の愛情で結ばれている」と考
えがちです。


でも、夫婦は、最初の3年は男女の愛、4年目からは家族の愛
だと思われます。


そして、 男女の愛の時には笑って過ごし、(最初の3年)
家族の愛に変わると涙で過ごす、(共白髪まで) だからです。


男女の愛というのは突き詰めて言うと、人間の場合、男性の性
欲がゆがんでいますから、女性からの働きかけでそれに呼応す
るように生まれるものです。


だから、結婚してしばらくすると女性からの働きかけは弱くな
るか、はたまた新鮮さを失います。


そんなときに、「別の女性」が登場すると男性の心が動くのは
「当然」でもあります。 つまり「可愛い女性」と結婚した男が、
3年目に「より可愛い女性」から誘いをかけられるとそちらに
なびくというメカニズムです。


これは約200万年前に動物としての性欲を失い、女性がお化粧
を始めた時からのことで、いわば人間の男性に科せられた業のよ
うなものです。


この業、つまり人間の男性の頭脳が発達したことと、一夫一妻制
との間の矛盾をどのように処理するか、そこに結婚した男性の
「価値」があると思われます。


人間の人生には、楽しさと苦しさがありますが、結婚3年までは
楽しさだけで、それからは二人で苦しさを共感しながら生きてい
くと、その内「男女の愛」より強固な「夫婦の愛」が生まれ、そ
れは「家族の愛」ですから、移り気のない強固な絆と言えるのです。


一緒になって子供のことで悩み、お金で苦しみ、病気の時には助
け合い、そして一緒に涙するのです。


この世に男女という2つの性があることは本当に素晴らしいと思
います.体も頭脳も考え方も、趣味も感情も、何もかも違うから
人生というものが存在すると思います。


結婚届を出したから夫婦ではなく、同居しているからといって夫婦
でもなく、男女として愛しているから夫婦でもありません。


結婚してしばらくして、男女の愛を「家族の愛」に転換できた夫婦
こそ、本当の夫婦なのでしょう。


もちろん、強い家族の愛に昇華した夫婦の間にも男性と女性の間
ならではの緊張感と愛情が残ります 。…